コラム

 二コラの教室の様子、国語のこと、教育のことはもちろん、私自身が日常感じていることを書き綴っていきます。

2014年

10月

25日

新しい勉強はじめました!

本日は朝勉からスタート!

最近、専門分野のようなそうじゃないような、
私にとっては新しい言葉の分野の勉強を始めました。

テキストにしている本、
1ページ読み進めるのに知らない専門用語が多くて時間がかかる💦


5回は繰り返し読まないとアウトプットできないだろうな〜^^;

こんな勉強は久しぶり過ぎてなんか楽しい!


まずは、ざっと今日中に1回目読み終えようと思います。

の前に、本業のニコラ☆

私も自分の勉強があると張り合いがでます。


やっぱり私は勉強好きなんだな^ ^

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2014年

10月

18日

【本日の授業】 文章を自分で読み解きまとめる

文章の言葉一つひとつと向き合って、自分で読み解きまとめる。

この作業こそ、読解力を上げる大切なプロセスだと思っています。

私が教師時代から大切にしている「読解メモリーカード」

今日もニコラ生が書いてきました!

 

これだけまとめられたら合格!花丸‼︎

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2014年

5月

09日

わたしの国語教育観

教育には「不易」と「流行」があるとはよく言ったものです。
しかし、いま改めて己に「不易」にあたるものとは何か、と問うことからはじめてみたいと思います。
なぜなら、この問いに対する答えは、子どもたちにどのような人間像へと導き育てていくかというその教師の思想をよく表すと考えるからです。

 わたしは、教育とは自己の夢を目のまえにいる子どもたちの上に描く行為である、と考えています。
わたしという一己の人間に自身の理想を語り聞かせ、教師という夢を授けてくれた恩師のように、わたしも子どもたちの前で自己の夢を語れる教師でありたい。
 時が移ろうとも、教育に対するこの思想は決して変わることはないでしょう。 

国語教育は、単なる学校教育における教科教育としてではなく、教育としての一端を担う以上、そこには生徒(学習者)と教師、そして、作者(作品)との「関係性」が問題になってきます。
 「関係性」とは、言葉を換えれば「つながり」や「ふれあい」と言うこともできると思います。

 

次回は、この思想に立って、わたしの専門とする国語教育の課題について少し考えてみたいと思います。

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2014年

1月

06日

心が動く瞬間

先週の二コラ、高校生クラスでのことです。

 

現代文の授業で文章を読んでいるときに、ある生徒が

「先生、たった一つの文章でもちゃんと読むことができて理解できたら世の中や世界のことが理解できるんですね。

こうやって考えたことが今までありませんでした…。」

と、目に涙を浮かべながら口にしました。

読んでいた文章は感動的な小説はなく、どちらかというととても論理的で硬めの評論文。

自身もその授業で何も特別なことをしたわけではありません。

けれども、この時の彼女はたしかにいつもの彼女ではなかったのです。

本文の書かれた紙には涙の点がいくつも生まれ、しばらくの間、教室は沈黙しました。


…そういえば、数年前にも高校1年生の現代文の授業で40人の中の1人の生徒が大号泣したことがありました。

そのとき読んでいたのは詩でしたが、あまりに突然泣きだしたので私も他の生徒と共に唖然としたことを覚えています。


この2人に起こった情況とはいったい何だったのでしょうか。

実感の強弱はありながらであっても皆さんにもこのような経験がありませんか。

 

教育者として、このように子どもたちの心が大きく動く瞬間を目の前にするのは、非常に感慨深いものがあります。

 

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